太郎と次郎が揃って家に帰り着いた時、弟分の三郎が泣きながら極うま特濃プリンを口にしていた。平飼いたまごと牧草牛乳で作られた、駅前のパティスリーご自慢の一品だ。一つ950円という強気なお値段でありながら、並んでも買えないと巷では話題になっている。
机の上に無造作に置かれた、プリンの蓋。見覚えのある「次」の印に、次郎の顔が暗く引き攣る。
「......三郎。まさかそのプリンは私のではないだろうな」
三郎が、涙に濡れた顔を上げた。
「はい、次郎兄さんのものでございます」
「食ってはならんと言わなかったか」
ほの暗い笑顔で、次郎が三郎の頭をつかむ。静かに怒り狂う兄に向かって、三郎は更に涙を流しながら床の間の方を指差した。
そこには、家宝である大きな飾り壺が置かれていた。形は美しく、描かれた絵はこの上なく繊細。状態もいい。金銭に換算して七桁はくだらないだろう──それが元のままの姿であったのならば。
無残に割れた元家宝を見て、太郎が無表情のまま背後に倒れそうになる。
「あの、見るからに高そうな壺を、僕は割ってしまいました」
更にプリンを口にしながら、三郎が言った。
とりあえず一旦食うのを止めろ、という言葉を飲み込み、次郎が指に力を込める。
「壺は確かに洒落にならんが、だからと言ってなぜ私のプリンを食う」
「......次郎兄さんが、このプリンには附子という毒が入っていると、言ってらしたから」
「......次郎、お前......」
「壺を割った僕などこの世界にいられはしないだろうと、このプリンを口に致しましたが、まだ死ねませぬ」
そう言って更にプリンを食べ進める弟分を前に、太郎と次郎は暗い表情でしばし立ち尽くした。
何かに耐えるように固く目をつぶり、こめかみを引きつらせていた二人だが、やがてカッと目を見開くと、無言で視線を合わせて頷きあう。
「......三郎、ばかを言ってはいけない。お前は私にとって、とても大事な弟なのだ」
「次郎兄さん......!」
「例え、販売前から楽しみにしていたプリンを、あらゆるコネと手段を使って手に入れ、それを口にする瞬間を最上のものにするために専門店に茶葉を買いに行き、だがその間にお前にそのプリンを食われることになろうと──ああ、これはあくまで例え話だがな──私はお前が大切だよ」
「その通りだ、三郎」
つい先ほどまで真っ白な灰になりかけていた太郎が、慈愛に満ちた目で三郎を見つめる。
「壺のために死ぬだと? ばかな話だ。俺たちはこんな壺よりも、お前のことが大事なんだよ」
「太郎兄さん......!」
「こんな......江戸末期の古伊万里の飾り壺で状態も染色も良く形も見事な二つと無い傑作など──」
一息でそう行って、太郎が遠い目をする。
「もうきっと......二度と手に入らない......」
「太郎兄さん......?」
「まあ、そういうわけだ。もう死のうなどというばかな考えはやめなさい」
次郎の言葉に、一層激しく涙を流しながら三郎は頷いた。
三人の間に、しばし暖かく優しい空気が流れる。
「......さて、我が愛しの弟君が、我々の思いを理解してくれたところで、先ほどの毒についてだが」
じゃ、そういうことで。と立ち去りかけた三郎を引き止め、二人の兄者がにこりと笑う。
「......ああ、もちろんそのまま放置というわけにもいくまいよ。なあ、我が麗しの末弟よ」
兄二人の言葉に、三郎はそっと目を伏せた。
「それが......不思議なのですが、特に体に異常はないようなのです」
そう言って、照れたように微笑む。
「僕、毒が効きにくい体質なのかも......うわっ」
「いや、おそらく涙で毒が流れたのが良かったのだろう」
次郎が、背後から三郎のボタンを外しながら、目を細めて微笑んだ。恐る恐る振り返った弟分に向かって、にいっと笑みを深める。
「もっと泣きたまえ」
「泣きっ、え?! いや、そんな非科学的......」
「次郎。涙に限らず、体液が流れれば良いのではないか?」
太郎が、こちらは上から三郎のボタンを外しながら口を開いた。
「なるほどな、兄者。体液とは例えば?」
「そうだな。まあ唾液とか」
そう言って、ボタンにかかっていたその長い指を、三郎の口に突っ込む。
「たろ、にぃ......!」
「そんな顔をするな、三郎。──これは全て、お前のためなのだよ」
「そうさ。分かっているだろう。──お前は賢い子だからなぁ」
先ほどまで高級プリンに満たされていた三郎の口内を、男の長い指が這い回る。プリンの味が口から消えてしまった絶望に──いや、兄の気遣いに感動して、三郎はまた一粒涙をこぼした。
しばし三郎の口内をバラバラと刺激していた指が抜かれ、太郎がやや不満そうにその濡れて光る自身の指を見つめる。
「──思ったより唾液が出ないな」
「私のプリンを食べておきながら、生意気な」
「黒毛和牛......」
「え?」
息絶え絶えな三郎の言葉に、二人は揃って弟分を見下ろした。
「A5ランクの黒毛和牛を食べたら......もっと唾液出るかも......」
「ほう」
兄二人の笑顔が引きつる。
「それかふぐ刺し......ふぐぅ」
希望を語る三郎の唇を、太郎が身をかがめて塞いだ。
もし三郎が口をきけたのなら、今のは誓ってダジャレではないと必死に申し開きをしたところだ。
「あと、体液といえばこちらだが......」
太郎の右手が三郎のベルトにかかる。
「太郎兄さん......? 幼い僕には兄さんが何をなさろうとしているのか少しも理解ができぬのですが、まさかエロ同人みたいなことを兄さんはなさいませんよね......? 幼い僕に......?」
小さく儚げな口で戸惑ったように言葉を紡ぐ実年齢19歳の末弟に、太郎が優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ、三郎。これも全てお前のためなのだから」
少しも大丈夫でない言葉とともに、三郎のベルトが外される。
反射的に身を引いた末弟の腕を背後から掴み、次郎がその肩に噛み付いた。
そして、特濃プリンを食べられた恨みを込めて──いや、弟の身を心から案じながら三郎をじっと見つめる。
「何を怠けている、三郎。もっと泣かないか」
言いながら右手で胸を探り、その先端をぎりっとつまんだ。
「ぎゃ、普通に痛い!!」
「さて三郎。私たちは愛するお前のためならば、エロ同人のようなことだって喜んでするが」
「その前に、何か俺たちに言うべきことがあるならば、聞いてやらぬこともない」
「に、兄さん......」
まつげを光らせながら、三郎が伏せていた目を上げた。目を潤ませながら、二人の兄を見上げる。
「壺よりプリンより、僕の方が可愛いよね......?」
「続行」
「異議なし」
すぐに自身の体に再び埋まった二人の兄の唇に、三郎はわあと悲鳴をあげた。
【余談】
「あいつ......血は繋がっていないはずなのに、変なところが俺たちに似たものだ」
泣きながら悪事を白状した末弟の寝顔を見つめ、太郎が苦笑を漏らした。
その隣で次郎が、日本酒を片手に口角を上げる。
「ああ。昔、私たちが同じことをした時の師匠もまた、こんな気持ちだったのかねえ」